ありふれてない日々。

成人ADHD者のぼやきとすったもんだな日常のひとこまをどうぞ。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消せます。

Ich moche eine "これ",bitte?! -Zurich Flighafen-

2011.02.13 (Sun)

なんせ決意してから出発まで正味3日弱。
あの人が「行ってきて〜」って言ってから、
出発するまで4日あったかなかったか。
まずは航空券なのだが、のきなみ格安は満席(当たり前)。
しかも前回とは違って、ヨーロッパで一番大きな大会なので、
当然の如くホテルもほぼ満室。
ホステルのドミトリーなら安く取れそうだったが、
PCやスマートフォン持参なので、なんか盗難とかも怖いし。
毎晩毎晩「ベルン ホテル 予約」で検索し続けた結果、
8泊で10万ちょいのホテルが出てきたので、
それでも高いとは思ってみたが、あとはその倍額以上のしかないしだしで、
しょうがないので清水の舞台から飛び降りる気持ちでポチる。

航空券は、本当は南回りに挑戦してみたかったのだが、
帰国後すぐ仕事があるのがわかっていたので帰着+2日になるのは不可だし、
かと言って直行便は味気ない。
そう、私は立派な「空港ヲタ」なんだから。
空港で乗り継ぎするほど楽しいことはないと思っているのだから。

more »

私やっぱり。

2011.02.13 (Sun)

年明けの話だと、今年もがっつり仕事な空気だったので、
お金はとっておけば、ま機会もあるだろう位で期待もしてなかったのだが、
ひとつの案件が人減らされてしまい、カット食らってしまった。
それでも、ホテルがいっぱいだわでどうしようどうしようと迷っていた。
「仕事が出そうなら捕獲しとかないと旅立っちゃいますよ」
ってあの人を少し脅したら、「俺が変わりに入るから行ってきて〜」
その一言で決心がついた。

スイスでは完全にひとりで動いた。
日本人だからと固まりたくもなかったし、
大きな大会だから、海外の友達もそれぞれ事情もあるだろう。
なにせ土壇場で決まった話だから、ろくな根回しをする暇もなく。

スイスの話は追って旅日記として書くことにするとして。
相変わらずホームシックになるどころか、
物価がバカ高いのを除けば帰りたくなかった。
日本は相変わらず苦手なままだ。
ただ、最後の方になって思ったことがある。
あの人の声が聞きたくなった。
私やっぱり、あの人のことが好きだ。
このまま何も進展なく終わるに決まってるんだろうが、
それでもあの人が好きなことに変わりはなさそうだ。

今回の旅のキーワードは、「それでも、今できるベストをつくすということ」。
身体しんどくても、目が回る位忙しくても、
なかなか結果が出なくても、周囲の期待に答えられなくても、
それでも、目の前のやることに、ただベストをつくすこと。
いつか、いつか、それが光を見ることは必ずある。
それを信じて、待って、支えてくれる人はいるということ。
たとえ今何も見えなくて、泣いてしまいそうでも、
限界感じても、ダメ出し食らっても。

私の思いも、あきらめなければいつかかなうことはあるのだろうか。
ずっとあの人を見続けていられるのだろうか。
わからないけど、それだけはわからないけれど、
今目の前にあることに、ただひたすらベストをつくすように、
それだけ考えていたら、どんな答えでも自然と消化できるような気だけはする。

では、スイス→ドイツ→スイス11日間の記憶を。

気がついたら。

2011.01.10 (Mon)

年が変わっていた。
という位忙しかった。

去年は春から人生史上一二を争う位働いた。
というか頑張らされたというか。
いや、頑張らされたってのは失礼だから、
自分の中に頑張れる力があることを教えてくれた人の、
その気持ちに答えたいと思ったら、そうなってたという方が正解か。

相方が、亡くなってもなお母親から離れられないこと、
どんな物事も全て他人のせいにすること、
そんなことにかまっている暇なんてあるわけもない。
それがわかったから、ひとりで生活をすることを決めた。
そして、紆余曲折はしたがなんとか形にはなった。
バツ2ですが、何か?

それにしても、仕事ではずいぶん無茶を言われた。
身軽に動けるのが私位しかいないという現実も確かだが。
正直その環境なんとかして下さいという感じだが。
それを当て込んで無茶振りする方もあれだが。
それでも、一人暮らしになるまでは、仕事で家を離れられるのは救いだった。
あの人がどこまで考えているのかは知らないが、
それでもあの人の配慮に相当助けられた部分は大きい。
そこにどんどん惹かれていった自分がいたのも確かで、
年末には、清水の舞台から飛び降りるような真似をしちまったじゃないか。
イエスもノーも言わせないような書き方しちゃったから、
どう思ってるんだかは、相変わらずわからないままではあるが。

先日電話で話をした。
相変わらずテンション高くって、あれじゃあ向こうサイドでも怪しまれるわ、
ってのは、私をリラックスさせたいにしては大げさな気がするのだが。
そしてあの人はいつもの大きな声で笑いながら、
「今年も無茶振りしますから〜」
この一言で、私の冬のスイス行きは夢と消えた。

昔がっつり働けていた時は、仕事がメインだったことはなくて、
スケジュール通りに遊べないなら辞めてやる、位でしかなく、
私の中で仕事自体のウエイトは高くなったことはなかった。
というか、仕事で何か達成感とかいうほど、自分に能力があるとは思ったことがなかった。
できるんだから、自信のない顔をしてると自分が損しちゃうよ、
その言葉すらも、私が心からあの人を尊敬していなければ、
私の中にしっかりと届くことはなかったとも思う。
そして、そんなあの人について行くうちに、あの人の気持ちに答えたいと思っているだけで、
気がついたら「ヤバいよそれワーカホリックだよ」まで仕事が先な自分がいた。

いや、正直ヤバいとも思う。
スイス行きをあきらめたのもそうだけど、
あの人と仕事なくしたら、残るのはひとりぼっちの時間と多少のお金って、
このバランスの悪さはほんとに相変わらずだ。
でも、自信持って生きていく、むやみやたらと不安そうにしない、
それによって生まれる依存から手を切る、
という「自分らしさ」を作り直すということが今は一番必要なことで、
そのために、技術者として生きることが今の自分には大事に思えるから。
心のどっかで、あの人の少しでも近くにいたい、そういう気持ちがあるのも間違いはないが。
それでも、あの人に会えなくなっても、彼を見ることができなくなっても、
その時私の中に、次に踏み出す力が育っていればそれでいい、と今は思う。

家族とか、友達とか、当たり前に大事って、もう言い切れない自分は、
この世とどんどん生き方が離れていってる気がする。
身軽なことは確かだが、北風はいやに寒く感じる。
涙がぽろぽろ出てきて、止まらない夜もある。
それでも、あの人に仲間を失うという思いをもう一度させないために、
私が安全に生きられる場所で暮らすことが必要ならば、
それで生きて逃げ切れるならば、その方が今は幸せだと信じてるから、
あの人の笑顔のため、私自身のために、私は生きて逃げ切るんだと誓ったから。

ひとりで暮らすようになってから、どれだけ自分がずっと恐怖を感じ、
どれだけ怯えて生きていたか、無意識に感じないようにしていたことが、
一気にたくさん見えてしまい、未だにバスで前の家の前を通ることすらできない。
こんなに弱くて情けなかったかと呆れると同時に、
それ以前のことも含め、どれだけサバイバルを生き抜きゃいいんだ、とも思う。
「来年こそいい年にしないとな」ってあの人には年の瀬に言われたけど、
今年は少し動けるならば、仕事しながらだけど、自分のためになることとか、
久しぶりに演劇やコンサートを楽しむような、
自分の心にそういうギフトがあってもいいかな、とも思う。
そりゃ時間があれば、ドイツでもどこでも旅立つのだが、まあそれはそれとして。

自分らしく、おっとりのんびり、伸びやかに。
そして、去年よりあの人の心のそばにいられたら、
こんなに嬉しいことはないけれど、まああまり欲はかかないことにして。
そんなことを、まだまだ片付かない部屋の中で、
ひとり思うことができるのも、まんざら悪くはないのだな、と思う。

私だって悲しくて辛いんだよ。

2010.09.10 (Fri)

相方が姑の看病と、そして葬儀、部屋の片づけなどを終えて帰ってきた。
彼にどう伝えてもわからないと思うから多くは語らないが、
私の中は3ヶ月前とは別人なのだろう、と思う。

向こうにいる間、私たちが直接電話で話をしたのはたったの一度。
(遠いから電話代高くてというのも事実だが)
後はすべてをメールでやりとりしてきた。
そのたった一度の電話の時に、今言っておきたいと思った。
「別れたい」と。

more »

経験のないことから答えを探すことは実に難しい。

2010.09.03 (Fri)

不安定なのは、いつものことだ。
私はそんな自分自身すにっかり慣れているが、
周囲から見たら、危なっかしくて仕方なく見えるんだろう。

目立ったり、疎ましく思われるのも、もう慣れた。
私にとってはどうせいつものことで、それで損をするのも仕方がない、
そうやっていつもいろいろ諦めてきたし、別に後悔とかはない。
でも初めての人から見れば、どうしてそこまで自尊心が保てないかわからないだろう。

誤解されても、それを解く努力をしないと言われたことがある。
努力のし方がわからないんだらどうしようもない。
こちらの話を最後まで聞いてくれるような人に出会えたこともなかった。
不毛な議論と、感情的になじられる疲労感に耐えきれず、
ただ私は逃げ出すことしかできなかった。
そして、ずっとそのやり方で押し通し、それ以外のやり方を見知ることすらなかった。

だから、あの人のやり方に私はすごく混乱した。
自分の守るべきものを、下手すると私の未熟さで失うかもしれないのに、
それでも、投げやりな私の言葉を黙って受け止め、
変わらずに仕事を出してくれる。
それに答えられる自信なんてこれっぽっちもなく、
もっと迷惑かけたらもう終わりだと思う自分自身に困惑し、
なんでそんな不安定な私にこだわるのかわからなくすらなった。
だから、ものすごい投げやりにもなったし、
そんな自分が情けなくもあり、絶望的にも思えた。
今の自分がそこからなにかをつかむことが、本当にできるのかなんて、
全く見えないし、なにがなんだかわけがわからなくなった。
あの人が思うほど、私は有能でもなければ、期待するようなもんじゃない、と。

どうしてあの人が、そういう私に変わってほしいと思うのか、
周囲から私をかばったり、言葉足らずの私を必死にカバーしてまで、
私に何を得てほしいと願っているのか、
そして、その先に見える景色は、どんな空の色をしているのか。

正直なところ、その答えはいまだにはっきりとはわかっているわけではない。
ただひとつだけ、もし今の私に言えることがあるとするならば、
今の私は限りなく幸せな人間なんだと思う。
親すら待ってくれなかった自分を、
すぐ自分を落として、そこに居場所を求めようとして、
自分がいなければみんな平和で、それならば私はひとりでいいよと、
そうやって逃げようとする私を意地でも逃がさずに(笑)、
どうしてそうなるの、俺ができるって言うのを今回は裏切らせないと、
そこまで私を思ってくれる人に、しかも恋愛とかそんなん超えた次元で、
はたからみたらちょい暑苦しいかもしれないけど、
ひとりのただの人間として大事にしてくれる、そんな人が私にいてくれている、
その事実はとんでもなく信じられない位幸せなことなんだと。

ただでさえどんくさくて、相手の想いを空気みたく感じられない私に、
ましてや経験のないような「人が人を本気で想う気持ち」から、
何をどうしていけばいいかなんて、簡単に答えを見つけられなんかしやしない。
ただもしできるとするならば、その想いに本気でぶつかること。
卑屈になりすぎず、でも謙虚に、正直に、今のありのままの私で、
逃げずにきちんとできることをやること。
それ位しかないような気がしていて、そしてそんな私を、
あの人は本気で、真剣にでも時々はっちゃけながら、笑って見ていてくれる気がしている。
あの、裏のないいつもの笑顔で。

彼の笑顔で、私は世界とはとんでもなく広いことを知って、
日本を飛び出してみたら、私を自然に入れてくれる友達がいることを知った。
彼がくれた、一瞬のぬくもりから、私はあるべき自分を思い出して、
辛いこと、怖いことを正当に感じていいことを知った。
そして、その想いにつき動かされて、自立を目指してがむしゃらに動いたたら、
ちゃんとしたいっていう気持ちを大事にしてくれて、
厳しくもあったかく見守ってくれるあの人に気がついた。
すべてはつながっていて、すべては偶然ではない。

確かに、初めてのことに対して、私は人より怖がりで、
混乱して自分を見失いがちで、危なかっしいのだろうし、
もしかしたら、死ぬまで答えなんて見つからないのかもしれない。
あの人といつまでも、今のままでいられるとも思っていない。
それでも、私にとって実に難しい初めてのことをたくさん経験させて、
少しでも自信持って、少しでも笑って明日が迎えられるように、
長い目で見ていてくれている、その経験と記憶は、
たぶんずっと大切にできる、私の宝物になると思う。

それでもやっぱり、ほんの少しは夢を見たりはする。
たまには、甘い夢を見たりする。
でも、とにかく目の前の山に食らいついて、
もがきながらそれをこなしていったその先に、
広がっている景色を楽しみにしよう。
たとえそれが、夢見たような形でなかったとしても、
その時は少しだけ切なくても、すっきりとした形でいられる気がしている。

そしていつか、できることならば、あの時何を考えてたのか、
私はいつまでも全然わかってない奴なのか、聞いてみたい気はするけど。
そしていつか、もし許されるのならば、
ほんの少しだけ、たった一度手をつなぐくらいでいいから、
あの人のぬくもりを感じてみたい。
それにかなう私に、いつなれるかなんて想像もできないけれど、
そうなりたいと思う、自分に嘘はつけないから。

 | HOME |  »

プロフィール

tareko

Author:tareko
ADHD&2次疾患(鬱・不眠・自律神経失調等々)と共に、
どへどへしながら毎日をやっている、カトリック不届者信徒です。
30年来のフィギュアスケート観戦熱再燃中。
理由は…ちょっと言えない(笑)。
その他スポーツ観戦や、歌歌い
(宗教音楽中心、クラッシックからゴスペルまで)
旅(国内から海外まで最近幅広くなりました)などを、
こよなく愛しております。
つまらん文章をだらだらと書き続けると思いますが、
懲りずにおつきあいいただければ幸いです。

最新トラックバック

検索フォーム

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード